世界に認められたリストランテ、エノテーカピンキオーリ RISTORANTE ENOTECA PINCHIORRI  FLORENCE NAGOYA 総合TOP  SITE MAP

クォリティーへのチャレンジ
トップ インフォメーション ワイン お料理 リストランテ 予約
ワイン
本店に22万本、日本に6万本、東京店内ストック12000本、名古屋ストック10000本。
名古屋の店内に2つのワインセラーを作りました。
類まれなコレクションのセラーと、カーブ・ドゥ・ジュールを併設した大セラーがある、
イタリア、フランス、スペイン、カリフォルニア、ドイツ、チリ、オーストラリア、
南アフリカ、と世界の名譲ワインがずらりと顔を合わる、
ワインの博物館は皆様をお待ちいたします。

ゆっくりと栓は抜かれ、一息おいて、ゆるやかな深呼吸が始まる。
そそがれるワインのうねりは、大地のそれに似て、実に味わいがある。

葡萄は、かくしてこの世で最も魅惑的な飲物を作り上げた。
バッカスに乾杯。

あるワインの物語
1942年秋、その日事務所に電話が入り、一通の手紙を受け取った。内容証明の意味ありげな中身にはこう書いてあった。
ボルゲリのサラブレッド用の牧場はそなたが相続された。相続人マリオ・インチーザ・ロケッタ公爵。
ティレニア海に面するトスカーナ州マレンマ地方のボルゲリ、この土地はやっと雑草が生える程にやせていた。
太陽だけはよく当たるこの土地、サラブレッド飼育に将来は無い土地であった。
高貴なワイン作りを夢見ていた公爵は、早速地質調査に乗り出した。
土地の性格は、フランス種のカベルネ・ソーヴィニオンなら可能性がある、その程度だった。

「葡萄の苗木を分けてほしいのですが?」意を決し、翌年、ボルドーの名門ラフィット・ロートシルトの門をたたいた。
美味しいワインだけを希望に、この一言から始まったワイン作りはまるで、家庭菜園のように細々としていた。
出来上がったワインは、濃すぎてイタリア人には不評だった。売れずにセラーに放置された。1944年に植えられた苗木は、
しかし太陽と石ころだらけのこの土地で、素晴らしい葡萄を実らせていたのだ、熟成するにつれて、
そのワインはなんと魔法のように深みのある芳醇な味と香りを出し始め、どのイタリアワインをも凌ぐ逸品に成長した。

幻のワインはやがて「スーパートスカーナ」としてイタリアワインの歴史を覆すこととなる。
「サッシカイヤ」1968年、初めてのヴィンテージは、この瞬間にいきなりイタリアで最もすぐれたワインと評価されたのである。
しかも分類はテーブルワインという最下位のランクながら。
1994年、D.O.C.ボルゲリ・サッシカイアを取得。半世紀を経て、名実共にトップの座を射止めたのである。


このページのトップへ
TOP  < エノテーカピンキオーリ名古屋  < ワイン
Copyright (C) 2007 Matsuya Salon Co., Ltd. All rights reserved.